ブランド研究【ニューバランス】
【ニューバランスの歴史】鶏の足から“新しいバランス”を閃いた話
仕事で歩き回る日も、オフに遊びに出かけるときも、気が付いたら足元にはいつも“N”の文字。長時間履いても疲れにくいし、合わせやすいから毎日履いても飽きません。一度履いたらヤミツキになる、ニューバランスのスニーカーを大研究。
ニューバランスの「国語」:鶏の足から“新しいバランス”を閃いた話
いまから110年ほど前、イギリスからアメリカに渡ったひとりの青年が矯正靴をつくる会社をおこしました。青年の名はウィリアム・J・ライリー。ボストンにかまえた会社名には“新しいバランス感覚をもたらす”という意味がこめられていました。ある日、ライリーは庭にいる鶏を見て気づいたのです。3つのかぎ爪でしっかりと安定して立っていることに。その完璧なバランスにおどろき、3点で支えるシューズの設計に活かしたといいます。こうして、同社初のランニングシューズが1938年に誕生しました。それを、地元ボストンのランニングクラブに所属するダニー・マクブライドが履き、ロードレースに出場して活躍したことで、ニューバランスの名前はどんどん広まっていきました。
その後も世界で初めて足幅でもサイズを選べるようにしたり、グリップ力に優れるさざ波状のリップルソールを作ったりと、世間をあっと言わせるものを生み出し続けています。
ウィリアム・J・ライリー
英国移民だった同氏が、1906年に矯正靴メーカー「ニューバランス・アーチ」をアメリカ・ボストンに設立。ハイアーチ(凹足)や偏平足を治す矯正靴を製造していました。ニューバランスの出発点は医療用だったんですね。
ジェームス・S・デービス
1943年生まれ。社会人経験からセールスマーケティングを身につけた後、独立を決意。現在は、ニューバランス社の取締役会長として、ボストンを中心に社会貢献活動を実施しています。
ジェームス・S・デービス氏が会社を買収し、大きな転機に
ジム・デービス氏が買収して以降、会社は急成長を遂げます。前足部分の屈曲性を妨げない「インステップ・レーシング」を採用した「320」を履いたランナーが1975年のニューヨークシティマラソンで優勝し、ニューバランスの優秀性を知らしめることに成功しました。
実は日本のムーンスターと深~いつながりがありました
1980年代ムーンスター(旧・月星化成)に在籍していた倉田脩平氏が、ニューバランスの「320」に感銘を受け、アメリカに渡ってジェームス・S・デービス氏に「これを日本で作らせてほしい」と直談判。それからしばらくして完成したムーンスター製のシューズを受けとったデービス氏は、その作りに納得し、日本での製造許可を出すことになったそうですよ。
M996
アメリカ産業が衰退の一途を辿っていた1988年当時、メイド・イン・USAを貫いて生産し続けたことで注目を浴びた歴史的なモデル。他のシューズメーカーがアメリカでの生産を廃止するなか、今でもアメリカの工場で作り続ける姿勢に矜持を感じます。2万7000円[SIZE]24.0 ~29.0 、30.0cm
ニューバランスに関するお問い合わせ先/ニューバランスジャパン お客様相談室 フリーダイアル0120-85-0997
連載
ブランド研究【ニューバランス】
仕事で歩き回る日も、オフに遊びに出かけるときも、気が付いたら足元にはいつも“N”の文字。長時間履いても疲れにくいし、合わせやすいから毎日履いても飽きません。一度履いたらヤミツキになる、ニューバランスのスニーカーを大研究。
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※掲載内容は発行時点の情報です。
[LaLa Begin2018年10-11月号の記事を再構成]写真/久保田彩子 構成・文/名知正登 イラスト/山下もえ子