Begin Market(ビギンマーケット) COLUMN ARTICLES 介護が導いてくれた新しい居場所。一条道さん×あまのさくやさん【後編】

2023.12.20

止まり木観測 ~オトナプロフから見えた、100人のワークインライフ~

介護が導いてくれた新しい居場所。一条道さん×あまのさくやさん【後編】

編集部が「なんだか気になる働き方、生き方をしている」人と出会い、その人自身の生活の“止まり木”、より所について深堀していくこの企画。

子どもの頃に遊んだ「プロフィール帳」の大人版、“オトナプロフ”なるものを使って、これまでの人生についてあれこれ伺っていきます。

第2回目にお呼びしたのは、身近な人の介護について雑誌や書籍を通して発信している、編集者の一条 道(いちじょう・みち)さんと絵はんこ作家でエッセイストのあまのさくやさん。

後編では、介護についてzineや書籍で発信することで、ご自身の世界がどのように変化したのか、話を聞きました。

zineや書籍が介護のことを周囲に話すツールになった

家族の介護のことを誰にも相談できず、日々鬱憤や疲れが溜まっていたというお二人。するとついに、とにかくもう書かなければ!と、それまで抱えていた気持ちが堰を切ったように溢れ出します。そこで放たれた言葉たちは、のちにzineや書籍というかたちで世に出ることになりました。それまで語らなかった介護について勇気を持って話したことで、その後の暮らしにも変化があったと言います。

一条さん:zineを出すまで、介護をしていることは親しい友人にも伝えていなかったんです。たとえば友達とランチをしていて、ヘルパーさんが帰ってから時間が経ったから、そろそろ帰らなきゃ……というときにも、介護のことは伏せていました。けれど介護をテーマにしたzineを出すということは、自らの状況を話さざるを得ないわけですよね。でもいざ話してみると、自分の気持ちががらりと変わって、まるで第二の人生がスタートしたみたいです。

『かいごマガジン そこここ』と一条 道さん。

編集部:プロフィール帳の「今ほしいスキル」という欄に、「自分に正直でいるスキル」とありますが、これはまさに今お話しいただいたようなことですよね。

一条さん:そうですね。自分に正直でいるって、それまで全然できていなかったことなので、徐々にトライしています。自分の状況を話した上で、人とコミュニケーションを取っていくのって、めちゃめちゃ面白いんだ!と新たな発見でした。

介護体験をゆるく話せる“雑談の場”って大切!

一条さん:プロフィール帳の「今興味のある人・モノ・コト」のところにも書いたのですが、月に1回で「雑談会」というものを開催しています。zineをデザインしてくれた会社は、庭のある一軒家を事務所にしていて、とてもすてきな場所なんです。そこを借りて、私とその会社でデザインコーディネーターをしている女性で、気になっている方を誘って雑談をしています。来てくれた人が自分のことを素直に話しているのを見ていると、自然と私の心も解放されます。

あまのさん: わかります! 私も一条さんと同じで、書籍を出すタイミングで介護のことをお話しするという感じでした。それに母は生前、病気を公表したくないと言っていたので、親戚の人でも母の病気について知る人は少なかったんです。なので、急に亡くなったように見えて、母のことを知る方達には少なからずショックを与えてしまったんじゃないかなと。だからこそ、母がどんな状態で、私たちがどう介護していたのか、本を通じて説明したいという気持ちもありました。

著書『32歳。いきなり介護がやってきた』とはんこzineを手に持つ、あまのさくやさん。

あまのさん:地元の高円寺に小杉湯という有名な銭湯があるのですが、そのなかで「小杉湯健康ラボ」というものが立ち上がって、私もメンバーとして、またデザインのお手伝いとしても参加させていただくことになりました。常連さんや看護師さんなどの医療従事者が中心となり、普段の健康をつくるための社会的処方や繋がりをつくることをテーマに活動しています。最近では、介護する人とされる人のためのプロジェクトがスタートし、当事者たちがゆるく雑談できるような場をつくっています。

一条さん:雑談会に中学生の子が参加してくれたことがあったんですが、「ここは安全地帯だ」と言ってくれたのがすごく印象に残っていて。家庭や仕事場、学校などでは話せないことも多いと思うので、一緒にいるその場所を安心できると思ってもらえるのはとてもうれしいことです。

zineづくりから見えてきた、これからやりたいこと

一条さん:あまのさんはzineで岩手移住についても書かれていますよね。

岩手への移住について綴ったzine。

あまのさん:岩手に移住したことで起きた心の変化を書き留めておきたくて、生活綴方という本屋さんのリソグラフ印刷機でつくったのが『はんこ作家の岩手生活(上)』です。岩手では「zineづくり部」も主宰していて、私は先生というか部長という立場で、参加者の皆さんの好きな本をつくるための構成や製本のサポートなどをしています。やっぱり物体としての本ってとても魅力的だと思うので、そのことを参加者の皆さんにも伝えていけたらいいですね。

「zineづくり部」をレポートする『ながぐつ新聞』。

一条さん:少し話が変わりますが、あまのさんのプロフからチェコ好きがすごく伝わってきます! なぜチェコが好きなんですか?

将来はチェコに留学できたら、とあまのさん。

あまのさん:大学生のときにチェコアニメーションが流行っていて、初めて観たときに今まで全く観たことのないものだ!と驚いて。そこから、チェコはどうやら雑貨もかわいいらしいとか、ビールが安いらしいとか、どんどん気になって、気付いたら好きになっていました。チェコのものづくりにフォーカスした旅行記『チェコに学ぶ「作る」の魔力』(かもがわ出版)も出版しまして、 “介護の人”というよりは、どちらかと言うと“チェコ好きのはんこ作家”のほうが自分的にもしっくりくるんです(笑)。じつは好きが高じてチェコ親善アンバサダーにもなれました! 今まではチェコに3週間くらい滞在するというのを繰り返していたのですが、いずれは短期留学をしてみたいなと思っています。

一条さんはこれから挑戦したいことはありますか?

編集部がもらったお手紙にもハンコでチェコの街並みが

一条さん:zineを制作してから、介護をテーマにした記事や、トークイベントの登壇など、想像していなかった仕事の依頼をいただくようになりました。今後も、介護をしている人たちとつながっていけるようなことができたらいいなと思います。あと、今やっている雑談会を、グループカウンセリングみたいだね、と言ってくれた友人がいて。ひとりじゃないと感じてもらえるような場所を、これから出会う人たちと共有していきたいと思っています。

介護と手を取り合って共存していける未来へ、と一条さん。


まだまだ元気で、やりたいことがたくさんある30代前半に、家族の介護に直面したお二人。一時はひとりで抱え込んだこともありましたが、その経験を本というかたちで世に送り出すことで、介護そのものをより身近で開かれたものにしています。そして、当時自身が感じた孤独を、多くの人が感じないためにも、実際に当事者同士が会って話すことのできる場所づくりもしています。見えない誰かに寄り添おうとするお二人の活動に、どこかで助けられている人たちがきっといると感じました。

プロフ帳からは介護はもちろん、それぞれの好きなものやお人柄をこっそり教えてもらえるヒントがたくさん!人、そしてことばが持つ力や可能性を信じて、丁寧に向き合ってきたお二方の共有点や信念が手書きの文字からも伝わってきます。

プロフ帳からはご自身の行動力で“好き”を見つけてきたあまのさんの真っすぐなお人柄が垣間見えます。

昔から本が好きなように、ことばを通して思いや見えないものを汲み取る取り組みをし続けてきた一条さんの実直さがわかります。 

かいごマガジン そこここ:https://www.instagram.com/sokokoko_kaigomagazine/
あまのさくや:https://www.instagram.com/sakuhanjyo/

写真/西あかり 文/大芦実穂 イラスト/斉藤知子

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